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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)367号 判決 1983年9月29日

原告 坪山克己

被告 岡山県織込花莚工業組合

右代表者代表理事 西本清久

右訴訟代理人弁護士 小林淳郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和五五年一〇月二七日昭和五三年審判第四五九〇号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は中小企業団体の組織に関する法律(以下中企団体法と略称)に基づく組合で、織り込み花莚という敷物の製造販売の営みを資格とする事業者の団体であるところ、昭和五三年三月一六日、原告の登録実用新案第一一九六七四四号「熱可そ合成樹脂の細管を織成した敷物」(以下「本件考案」という。)の登録無効の審判を請求し、昭和五三年審判第四五九〇号事件として審理されたが、昭和五五年一〇月二七日「登録第一一九六七四四号実用新案の登録は、これを無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決がなされ、その謄本は同年一一月一三日原告に送達された。

二  本件考案の要旨

熱可そ合成樹脂細管を緯条1とし、適宜な経糸2の群列を一〇cmの織り幅当り一六条以上を配してもろ目織りとし、もろ目筋の経糸2aと経糸2bとの間隔が緯条1の相互はすかい筋3をはさむ経糸2bと経糸2cとの間隔の一・五倍以上になるよう経糸位置を制定した組織の敷物。

三  審決理由の要点

1  本件考案の要旨は前項記載のとおりである。

2  審判請求の利益について、本件登録実用新案は、ポリプロピレン製花莚に特定されるものではないので、請求人組合(被告)のポリプロ部会が同組合から独立して岡山県ポリプロ花莚工業組合を設立したことによって、請求人組合の資格事業、すなわち、どんな材質の緯条を用いるものも含まれる織込花莚業からポリプロピレンを緯条とする花莚業が当然に除外されるとしても、ポリプロピレン以外の熱可塑性合成樹脂細管を緯条とする敷物の製造又は販売の資格事業が除外されるとは認められないから、ポリプロピレン以外の熱可塑性合成樹脂細管を緯条とする敷物については、請求人組合のどの組合員にも審判請求の利益がないとすることはできない。

また、実用新案法第五五条第二項の規定により準用する特許法第六条第一項第三号には、法人でない社団等にも代表者又は管理人の定めがある場合には、無効審判を請求することができる旨規定している。まして請求人組合は、中企団体法第六条第一項に規定されているように法人であるので、当然に無効審判を請求することができるものである。

3  無効理由について、本件考案(以下「前者」という。別紙図面その一参照。)と実公昭三六―三二六七一号実用新案公報(以下「第一引用例」という。別紙図面その二参照。)に記載された考案(以下「後者」という。)とを比較すると、その一致点及び相違点は次のとおりである。

(一) 一致点

熱可塑性合成樹脂細管を緯条とし、適宜な経糸の群列を配した敷物。

(二) 相違点

(1) 織り組織が、前者では、もろ目織りであるに対し、後者では、どのようなものであるかの文言による明示のない点。

(2) 経糸位置を、前者では、もろ目筋の経糸2aと経糸2bとの間隔が緯条1の相互はすかい筋3をはさむ経糸2bと経糸2cとの間隔の一・五倍以上になるように特定しているのに対し、後者では、そのような限定のない点。

(3) 経糸の群列を、前者では、一〇cmの織り幅当り一六条以上配しているのに対し、後者では、そのような限定のない点。

そこで相違点について検討する。

(1)について、

第一引用例には文言によって明示されてはいないが、その図面によれば、後者の織り組織は緯条一目に二本の経糸が挿通された、前者の図に示されたものと同様の組織、すなわち、もろ目織であることが明らかであるので、この点で両者が相違するとはいえない。

(2)について、

第一引用例の図によれば、後者も、もろ目筋の経糸と経糸との間隔が緯条の相互はすかい筋をはさむ経糸と経糸との間隔の一・五倍以上であることは明らかである。

(3)について、

大正一四年六月三日岡山県内務部発行「岡山県の藺草並藺製品」(以下「第二引用例」という。)には、前者の織り組織であるもろ目織りの藺草を用いた花莚の岡山県における生産状況に関する記載がある。それによると、同県のもろ目花莚は、全花莚生産量の推定六七%の大きな量を占めており、そのいずれもが、縦糸本数と織り幅から計算すると一〇cmの織り幅当りの経糸本数は、一八ないし三〇条であることが認められる。

一方、いわゆる畳表状の外観を有する敷物における従来の緯条である藺草の代用として、熱可塑性合成樹脂細管を用いることは、後者がそうであるように周知であり、また前者が特別な織成手段を採用しているわけでもないので、熱可塑性合成樹脂細管製敷物を製造する際には、当業者であれば、先ずその従来からの藺草製敷物の技術を模倣しようとするものと認められ、またそうすることに困難性も認められない。

従って、後者の一〇cmの織り幅当りの経糸本数として第二引用例に示唆されているものを採用し、前者のようにすることは、当業者には極めて容易になしうるところである。

ところで本件考案の明細書には、「経糸の緯条への食い込みや経緯の絡み等の交合作用を発揮して経緯の遊離を防ぐために織成組織の崩壊を消去すると共に、織りむらや目くずれの弊害を消滅させて、もろ目織りの優美性を永く維持する。また、経糸の陥没を緯条に無数形成しているから、これが温熱による合成樹脂細管の特質性を多局部的に消殺する役となって敷物の温熱による伸縮を著しく制御する。」という効果の記載があるが、前記したように、前者のような一〇cmの織り幅当りの経糸本数を採用することが当業者には極めて容易になしうることが明らかである以上、その点によって若干効果上の差異があるとしても、前記判断を左右するものではない。

さらに本件考案が全体としてみれば、第一引用例記載の考案に比して若干優れた性質を有するとしても、第一引用例及び第二引用例に記載された考案から、その構成自体が当業者には極めて容易に考えられたものと認められるので、本件考案の実用新案登録は、実用新案法第三条第二項の規定に違反してなされたものであり、同法第三七条第一項第一号の規定により無効とすべきものである。

四  審決取消事由

1  被告は、本件考案の登録に関して何ら利害関係がなく、従って無効審判請求人としてその請求人適格を欠くものであるのに、これを看過した審決は違法であり取消されねばならない。

けだし、被告が依拠すべき中企団体法第一七条は、同法第七条一項一号の「営利を目的としないこと」という大原則による組合事業の指定ないしは制限規定で、本件考案の登録の無効と利害関係を有する事業は規定されていない、つまり同法第一条の目的趣旨並びに前示同法第七条一項一号に則せば、組合員の資格事業と同じ事業を営むことを禁じる規定にほかならない。

しかも昭和五四年二月三日に被告から独立して、岡山県ポリプロ花莚工業組合が設立された。従ってそれ以降ポリプロ花莚業は被告の資格事業ではなくなり、その点からも本件無効審判請求についての利害関係を有しないものであり、いずれにしても請求人適格を欠くものである。

2  審決は、第一引用例の第1図を引用して本件考案における最も重要な構成である「経糸2bと経糸2cとの間隔の一・五倍以上になるように経糸位置を制定した」技術的思想が開示されていると認定しているが、実用新案公報である第一引用例の考案の構成要件に当たらない部分であり、又その明細書の文言には、かかる技術的思想に触れた点は全くなく、図面における偶然的な間隔の対比から、かかる判断をするのは、証拠に基づかない違法な判断であって、審決は取消されねばならない。

第三被告の答弁

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四の審決取消事由の主張は争う。審決の判断は次に述べるとおり正当であって、何ら違法の点はない。

1  取消事由1について

本件登録実用新案は、本件審決中の判断に示されるごとく、その実用新案登録請求の範囲の記載から明らかなように、ポリプロピレン製花莚(以下PP花莚という)に限定されるものではないので、訴外岡山県ポリプロ花莚工業組合(以下訴外組合という)が設立されたことによって、被告組合の資格事業、すなわち、どんな材質の緯条を用いるものも含まれる織込花莚業からポリプロピレンを緯条とする花莚業が仮に除外されるとしても、ポリプロピレン以外の熱可塑性合成樹脂細管を緯条とする敷物の製造又は販売の資格事業が除外されることはないから、ポリプロピレン以外の熱可塑性合成樹脂細管を緯条とする敷物については、被告組合のどの組合員にも審判請求の利益があると言わざるを得ない。

また、PP花莚そのものについても、被告が審判において主張したごとく、昭和五四年七月現在、被告組合の全組合員の約八二%の組合員が過去においてPP花莚の製造又は販売をしたことがあり、約七九%の組合員が将来製造又は販売をする可能性があるうえ、さらに被告組合員であって訴外組合に加入していない多数の者が、過去においてPP花莚を製造又は販売していた事実があり、それらの組合員が将来原告から本件権利侵害を理由に損害賠償請求訴訟を提起される可能性が存在する。

従って本件審判請求が中企団体法第一七条に規定する事業に該当するかどうかはともかく、同法第一条(目的)に定める「この法律は、中小企業者その他の者が協同して経済事業を行うために必要な組織又は中小企業者がその営む事業の改善発達を図るために必要な組織を設けることができるようにし、これらの者の公正な経済活動の機会を確保し、並びにその経営の安定及び合理化を図り、もって国民経済の健全な発展に資することを目的とする。」との規定の趣旨から考えてみても、被告組合が組合員多数の正当な利益保護のために本件無効審判請求をする利益があることは言うに及ばないところである。

けだし法人である被告組合のなし得る行為の範囲は、中企団体法第一七条又は定款に目的事業として記載された個々の行為に限定されるものではなく、法律制定の目的を達成するために必要なすべての行為を包含すると解されるのである。本件で言えば、組合員多数の公正な経済活動の機会を確保し、第三者の不当な攻撃から組合員を保護する行為、すなわち公知公用技術であるにも拘わらず、たまたま実用新案権を取得した者から組合員が警告を受け、さらに組合員の多数がPP花莚製造販売差止訴訟を提起される恐れがある場合に、被告組合が無効審判請求をなして組合員多数の正当な経済活動を保持せしめようとする行為は、被告組合の使命であり必要欠くべからざる行為であると言わなければならない。もしそうでなければ、中企団体法制定の目的を達成することができず、被告組合の存立の意味さえ失われると考えられるのである。

また被告組合のような商工組合は、単なる資本的結合にしか過ぎない株式会社等とは性格を異にし、組合と組合員とが人的に結合されており、組合員多数の利害関係は直接組合自体の利害関係となって反映されるのである。

2  取消事由2について

原告は第一引用例の明細書中の文言には「一・五倍以上の間隔になるようにした」技術的思想に触れた点は全くないと主張するが、容易類推の根拠とされた引用例が実用新案公報である場合、その技術的思想は登録請求の範囲に限定されず、図面又は詳細な説明に記載されたこれに関する先行考案に及ぶものであるから、本件審決に違法な点はない。

また原告は第一引用例の図面における間隔の対比は偶然的なものであると主張するが、右図面に示される経糸の間隔は、本件考案出願前に当業者間では公知の技術水準にあったものであり単に図面上の偶然的なものではない。

第四証拠《省略》

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。

1  取消事由1について

《証拠省略》を総合すると、被告はその定款に目的事業の2の(1)として「組合員の取り扱う織込花莚の共同受注」、と具体的に掲げるなど、中企団体法第一条で規定する組合員の経営の安定及び合理化を図るための取引行為に及ぶことができ、その設立の目的として公正な機会擁護・確保の対象となるべきその組合員の経済活動には、本件考案のような熱可そ合成樹脂の細管を織成した敷物の製造又は販売・購入の事業が含まれることが認められるから、被告は本件考案の実用新案登録に関し、これを根拠として、右事業の遂行上、差止請求、損害賠償請求など権利主張をされる虞れがあり、無効審判を請求するについて法律上正当な利益を有するものというべく、これに請求人適格を認めた審決に何ら違法の点はなく、原告の主張は採用することができない。

2  取消事由2について

《証拠省略》によれば、第一引用例第1図には、もろ目筋の経糸と経糸との間隔が、緯条の相互はすかい筋をはさむ経糸と経糸の間隔の一・六八倍から二・〇倍に及ぶものが図示されているが、その公報としての明細書中には、前記の点につき文言上触れた記載は全くない。

そして原告は、右経糸の間隔は偶然的に図示されたものに過ぎず、実用新案公報であるその明細書本文中に全く説明の記載がなく、その考案の構成要件以外の部分であるから、これに「経糸の間隔を一・五倍以上の間隔になるようにした」技術的思想が開示されているとするのは誤りであると主張する。

ところで、第一引用例のように、引用文献が本件考案出願前公知の実用新案公報である場合、そこに開示されているものとすべき技術的思想は、登録請求の範囲に記載された考案に関する事項に限定されることなく、本件考案出願当時における技術水準のもとにおいて理解・把握することができる範囲内では図面又は詳細な説明の欄に記載された技術的事項全般に及ぶものであることはいうまでもない。そして《証拠省略》によれば、第一引用例第1図に図示された「もろ目筋の経糸と経糸との間隔が緯条の相互はすかい筋をはさむ経糸と経糸との間隔の一・五倍以上(一・六八~二・〇)のもの」とする事項は、本件考案出願前に、従来のゴザ、畳表又は敷物を扱う当業者間で最も普通に慣用されていた事項であって、第一引用例第1図の記載も前記慣用手段を示すものとして理解され、把握されるものであることが認められる。従って、右第1図に前記のような技術的思想が開示されているとした審決の認定に誤りはなく、この点に関する原告の主張も採用することはできない。

三  以上のとおりであるから、本件審決を違法としてその取消を求める本訴請求は、失当として棄却すべく、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 舟本信光 裁判官 竹田稔 水野武)

<以下省略>

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